大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所福山支部 平成元年(ワ)23号 判決 1991年3月29日

原告

泉尚徳

被告

重松仁美

ほか一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

(一)  被告重松仁美(以下、被告仁美という。)は原告に対し、金三二八一万二二六〇円及びこれに対する昭和六三年七月七日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告大東京火災海上保険株式会社(以下、被告会社という。)は原告に対し、被告仁美と連帯して、金四三六万円を支払え。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行宣言。

二  被告ら

主文同旨の判決。

第二主張

一  請求原因

(一)  交通事故の発生及び態様

原告を被害者、被告仁美を加害者とする左記交通事故が発生した。

1 日時 昭和六三年七月七日

2 場所 広島県深安郡神辺町一九軒屋二四二―一 甲斐酒店前

3 加害車 福山五六は六一四七

4 被害車 福山四〇に七一六八

5 態様 前記場所において、信号待ちのため停車していた原告運転の被害車に、被告仁美運転の加害車が追突した。

(二)  被告らの責任

被告仁美は、前方注視義務を怠つた過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、被告会社は、加害車について自動車損害賠償責任保険契約(以下、本件契約という。)を締結しているから、自賠法三条により、それぞれ原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  原告の損害

1 傷害及び後遺症

(1) 傷害

原告は、本件事故により、頸椎捻挫の傷害を受け、金子病院において次のとおり治療を受けた。

イ 昭和六三年七月七日 通院

ロ 同月八日から同六三年一一月三〇日まで(八二日間) 入院

(2) 後遺症

原告は、平成元年二月六日、以下の後遺症を残して症状が固定した。

イ 四肢の筋肉が弱い。

ロ 両手に細い震えがあつて字が書けない。

ハ 両上肢の知覚低下。

ニ 頸部、肩部、頭痛が頑固である。

ホ 握力は右が一〇キログラムで、左が十五キログラムで正常の三分の一以下である。

右後遺症の程度は、局部に頑固な神経症状が複数存在する場合として自賠法施行令別表の後遺障害等級表の一一級に該当する。

2 傷害による損害

(1) 治療費 金一三八万二二二〇円

金子病院における治療費

(2) 入院雑費 金八万二〇〇〇円

一日当たり一〇〇〇円が相当であり、入院日数が八二日であるから、入院雑費は合計八万二〇〇〇円となる。

(3) 休業損害 金三三二万五〇〇〇円

原告は、従業員八名を有し、泉工業という称号で、土木建築業の下請をなし、月平均七〇万円の収入を得ていたところ、本件事故により、前記入院期間中働くことができず、休業損害は合計三三二万五〇〇〇円となる。

(4) 慰謝料 金五〇万円

入院期間は八二日であり、通院期間は一日であるから、慰謝料としては、金五〇万円が相当である。

3 後遺症による損害

(1) 逸失利益 金二一一七万三〇四〇円

原告の月収は前記の通り金七〇万円であるところ、その後遺症等級は一一級であるから、労働能力喪失率は二〇パーセントである。労働可能年数を一八年(新ホフマン係数一二・六〇三)として計算すると、次の算式により、逸失利益は金二一一七万三〇四〇円となる。

七〇万円×一二×一二・六〇三×〇・二=二一一七万三〇四〇円

(2) 慰謝料 金三四〇万円

原告の後遺症による精神的肉体的苦痛を慰謝する金額としては金三四〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用 金二九五万円

原告は被告仁美に対し、損害賠償の請求をしたが応じないので、原告訴訟代理人弁護士に訴訟委任をなし、損害額の一割を支払う旨の報酬契約を締結した。

(五)  結論

よつて、原告は被告仁美に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金三二八一万二二六〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和六三年七月七日から支払い済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被告会社に対し、被告仁美と連帯して金四三六万円を、それぞれ支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  被告仁美

1 請求原因(一)、(二)の事実は認める。但し、原告に損害はない。

2 同(三)1の事実は否認する。原告が金子病院に入院したのは同年九月以後のことである。

3 同(三)2、3の事実は否認する。原告の従業員は一、二名であり、赤字経営であつた。

4 同(四)の事実中、被告仁美が原告の損害賠償の請求に応じなかつたことは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  被告会社。

1 請求原因(一)の事実は認める。

2 同(二)の事実中、被告仁美の過失の存在は否認するが、その余の事実は認める。但し、原告に損害はない。

3 同(三)、(四)の事実は不知。

三  被告らの主張

(一)  被告仁美

1 本件事故は、被告仁美が加害車を運転して原告運転の被害車の後方を進行し、交差点手前で一時停車した際、その車間距離が約九〇センチメートルしかなかつたため、すこし後退して車間距離を置こうとしたが、その際オートマチツクの操作を誤つて前進し追突したものである。

衝突時の加害車の速度は八乃到一〇キロメートルで、その衝撃の度合は約〇・九八Gであり、双方の車両の損傷も軽微であつて、原告の頸椎に過伸展過屈曲を生じることはない。事故当日、原告は警察に対し、物損事故として届出している。

本件事故当時、原告と被告仁美とは愛人関係にあつたが、八月末頃、右関係が冷えきつたため、感情的になつた原告が事故より二ケ月後である昭和六三年九月一〇日に至つて、頭痛、頸部痛を訴えて、金子病院に一一月一六日まで入院しているが、これは詐病ないし賠償神経症というほかはない。

2 原告の主張する後遺症は他覚的所見がなく、両手指の震えとか痺れは原告と被告仁美が同棲していた昭和六三年初め頃から存在していたものである。

従つて、仮に、原告に症状ありとしも、それは、原告が昭和六二年一〇月中旬頃発生した交通事故により受傷した頸椎捻挫の後遺症と考えるべきものである。

(二)  被告会社

1 本件事故の加害車の保有者は原告であるから、自賠法一一条及び本件契約一条により、被告会社には原告に対する損害賠償責任はない。

2 原告が本件事故により傷害を受けていないことは、本件事故当日、医師の診察を受けず、その翌日一日だけ金子病院で診察を受けた後、約二ケ月にわたり医師の診察を受けていないこと及び被害車に対する衝撃力は軽度であつたこと等の事実から明らかである。原告の訴えている症状からすれば、原告が右のような診察経過をとることは考え難いからである。

なお、原告が本件事故前に両上肢の震えや首及び下肢の痺れ等の症状を有していたものであつて、これは原告が昭和六二年一〇月一三日に発生した交通事故もしくは他の原因により生じたものである。

三  被告会社の主張1に対する認否

被告仁美運転の加害車の保有者が原告であることは否認する。

同車は被告仁美が昭和六三年六月頃、有限会社中国オートから購入したものであり、同車の保有者は被告仁美である。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録に各記載の通りであるから、これを引用する。

理由

一  被告仁美に対する請求について

(一)  請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、昭和六三年七月七日診断を受けた後、同月八日から同年一一月三〇日まで入院して治療し、治療費その他の損害を被つた旨主張し、これに沿う甲第二ないし第五号証、同第九号証、乙第三号証の一、六、七、同第四号証の二ないし四及び原告本人尋問の結果がある。

しかしながら、成立に争いのない甲第二ないし第五号証、乙第一、二号証の各一ないし七、同第三号証の四、五、六、九、同第四号証の一並びに証人沢井理香子、同重松修子の各証言及び被告仁美本人尋問の結果(第一、二回)によれば、

1  原告は、昭和六三年一〇月一三日頃、交通事故(以下、旧事故という。)により頸椎捻挫の傷害を受けて金子病院に入院治療中、事故で右足を骨折し同病院に入院治療中の被告仁美と知り合い、肉体関係を持つに至り、同年一二月頃ともに退院してからは、福山市春日町にアパートを借り、同棲していた。

2  本件事故は、被告仁美が加害車を運転して、原告の運転する被害車の後方を進行し、本件事故現場である交差点手前で相次いで一時停車したが、その車間距離が約一メートルしかなかつたため、すこし後退して車間距離を置こうとした際、操作を誤つて前進し追突したものであるところ、その衝突時における加害車の速度は約時速八ないし一〇キロメートルであり、衝突の結果加害車は前バンパー右部凹損、右前方向指示器破損、右前補助灯破損等の損傷を、被害車は左後角ボデー凹損、左後フエンダー凹損等の損傷をそれぞれ被つたが、いずれも軽微である。

3  加害車を運転した被告仁美及び助手席に同乗していた沢井理香子はいずれもその体にシヨツクを感じることなく、また本件事故後も体に異常は全くない。

被害車を運転していた原告は、前にのめつたが、直ちに車を降りて、衝突箇所を点検し、何ら体の異常を訴えることもなく、原告は被害車を、被告仁美は加害車をそれぞれ運転して前記アパートに帰つた。

警察には物損事故として届出た。

4  原告は旧事故の後遺障害として、手が震える、握力がない、頭痛がする等と訴えていたが、本件事故後もほぼ同様な訴えであり、特に訴えが加重することはなかつた。

また、原告は被告仁美は週三回位の割合で肉体関係をもつていたが、その際にも頸の痛みを訴えることはなかつた。

5  原告は、被告仁美に秘して事故の翌日である昭和六三年七月八日、金子病院で診断を受けたのち、同年九月一〇日に至つて同病院に入院しているが、入院に先立ち、原告仁美の母である重松修子に対し、「保険を使わせてほしい。五〇〇万円ほど入つたら二五〇万円あげる。」などと申出たが、同女に拒否されている。

6  原告の頸椎部のレントゲン写真には他覚的所見はない。等の事実が認められるのであつて、右認定の衝突時の速度、衝撃の程度、車の損傷程度、原告の衝突時の様子、事故後の様子、入院までの期間等を総合すると、本件事故により原告が、その主張のように、頸椎捻挫の傷害を被つたものと認めるのは困難である。

従つて、前記原告の主張に沿う証拠部分はたやすく措信しがたく、原告の金子病院における治療は、医師が原告の主訴に基づいてしたものであり、後遺障害があるとすれば、それは本件事故前のものと認めるほかはない。

そして、他に原告の主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

そうすると、原告の被告仁美に対する請求は理由がないこととなる。

二  被告会社に対する請求について

成立に争いのない丙第三号証並びに原告及び被告仁美(第一、二回)各本人尋問の結果によれば、本件加害車は原告の所有で、原告の営む業務に使用し、購入費はもとよりガソリン代等の維持費も主として原告が負担していたものであり、被告仁美は加害車購入に際し母修子所有の中古車を下取りに提供し、買物等に時折使用していたものであるところ、本件事故も、原告が被告仁美を同乗させて加害車を運転し、広島県深安郡神辺町所在の多賀次郎宅に赴き、原告の業務に使用するため被害車を借受け、原告が被害車を、被告仁美が原告の依頼により加害車をそれぞれ運転して、原告と被告仁美が同棲していたアパートに帰る途中に発生したものであることが認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告と被告仁美の本件加害車の運行支配の程度は、原告の方が相当大であると解されるから、原告は自賠法三条にいう「他人」ということはできず、原告は被告会社に対し、自賠法三条に基いて損害賠償を請求することはできないものといわざるを得ない。

そうすると、原告は被告会社に対する請求は理由がないこととなる。

三  結論

よつて、原告の本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 下江一成)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例